メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

思想に有用性はあるのか

まず、思想に有用性はあるのかどうかということを考えるのは、思想とは何かということを知っていなくては意味が無いのは分かっているけれど、、、
思想の有用性とは嘘なのだといわれているが、それはどいういうことなのだろう…
僕は親のために生きているということはいくらどう生きようとも変わらないのだろうな。
とか思っていたところ。

家庭とのつながり
思想史的な事件には各々の思想家の家庭、或いは「親の下」という場所に対する心理学的な認知が大きく関わっているのではないだろうか。家庭、「親の下」という、幸福に抵抗しない無力な発想に浸かれば、認知領域の核を抉られることもあるとして、その場合元に戻ることは難しいのではないだろうか。元に戻ることに意味はあるのか。
またそこで、より一層無力になってみようと考え動きはじめるとして、突破口も逃げ道も無かった… などというように仕方によっては伺えるものもあるのではないだろうか。
私たちはこれらの問いを、思想について考える際に明らかにしていかなければならない。

思想の有用性を考えるために
そしてこれらのような帰結(問い)に有用性はどう在り得るのか。この問いは、思想に有用性は無いという主張にどう抵抗するかということでもあると思う。