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"嫌な感情"と音楽

退廃的、絶望、孤独、妄想、不安、嫌悪、憎悪により、「自分はゴミだ。音楽にしか希望が無いんだ。」というプロのミュージシャンがいるが、そのミュージシャンの音楽は、自分のあらゆる嫌いな感情とは結びついていないらしい。
そもそもそんな"嫌な感情"は、誰しもが持ち得る。

BUMP OF CHICKENの藤原さんが、「パンを作る人がパンを作るのが上手なのと同じように、自分は曲を作るのが上手なだけだ」というようなことを言っていた。
これは、藤原さんの無意味な謙遜意識による嘘だ。BUMP OF CHICKENの曲は、人間の持ち得る嫌な感情に結び付き、音楽作品として昇華されている。さらには、上手い下手の問題では回収できない「才能」が加味されている。

ぼくは、藤原さんのこの発言は、最初に挙げたミュージシャンを上手くあらわしていると思う。そのミュージシャンは、曲を作るのが上手であるだけであり、その音楽は、「自分はゴミだ」という感情の憂さ晴らしでしかなく、"嫌な感情"とは関係が無い。その意味でそのミュージシャンの音楽作品の価値は、パンと何ら変わらない。さらに言えば、唾棄すべきJ-POPと、その作品の性質は同じである。
そして最近はそのようなミュージシャンが増えているように思われる。

人間誰しもが持ち得る"嫌な感情"を扱うのはとても難しい。