メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

嫌なこと

おはようございます。
ぼくはつい最近、自分が小学校4年だった、2007年4月4日にはじめたサッカーノートを読み返していました。小学校6年まで続けていました。2冊あったはずなのですが、2冊目は無くしてしまったようで、残念に思います。
それを読んでいて、ぼくは自分で自分のことを、つくづくクソッタレでロクデナシだな、と思いました。
ぼくは幼稚園の年長から中3の夏までサッカーをやっていたのですが、所属していたチームは全国レベルの強豪で、小学生のときは全国大会に出場したりしたのですが、そのときはベンチ外でした。そのときは悔しく、大泣きをしつつも、実力が足りなかったからだとはわかったいたのですが、ぼくが全国大会のベンチにさえ入れないのは当然のように思えました。
それはどういう訳かというと、ぼくはサッカーが好きではなかったからです。だから、他のチームメイトに比べて練習量が足りなかったのです。ぼくは身長が低く、サッカーをやる上ではフィジカルの面では不利ではあったのですが、そんなことは言い訳にはなりません。
思えばぼくは、練習や練習試合や大会に、幼稚園の年長から中3の夏の10年間を通して、毎回嫌々ながら参加していました。大雨が降ったら、大抵の練習や練習試合は中止になるので、当日の朝に大雨が降っていることを祈っていたりしていました。毎週のように遠征があり、高速代や宿泊費が嵩んでいるにもかかわらず、やる気が無く、それ故に常にコーチ陣の怒号に異常に怯え、その場を生きながらえていました。ぼくは、体制が本格的になる前の小学生の低学年のうちにサッカーを辞めるべきだったと、悔やんだり悔やまなかったりしています。
小学校の頃のクラブチームは、練習や練習試合が所謂スパルタであり、サッカーを続けることに嫌気が差す、いや、自分にとってそれが「良きこと」ではないと気付く余裕が無かったのかもしれません。ぼくはしばしば声を出さないことを怒られていたのですが、「やらされてやっていた」という状況の中で、それは当然でした。
サッカーノートには、「こんかいはしっかりマークをついていきたいと思います。」とか、「これからは、びびらないで、前に出るようにしたいです。」などと書いてあるのですが、それらの反省は、書いていた当時の価値観としては、小中学校の帰り際に書く自己評価カードと変わらなかったと思います。つまり、「書かされていた」のです。ぼくが本当にサッカーが好きだったならば、サッカーノートを随時読み返し、練習に活かしていたことでしょう。ぼくはそれさえもしていませんでした。
そのような駄サイクルなサッカー人生は、中学生になっても続いたのですが、その頃にこそ、小学校の頃のサッカーノートを読むべきであったと、悔やんだり悔やまなかったりしています。その頃にそれを読んでいれば、サッカーをどうにか好きになることができていただろう、ということが、最近、サッカーノートを読み返したときに思ったことです。

「少年サッカー」や部活動に所属して活動する目的は多様なのでここでは語り切れないですが、ぼくの場合は、その時々に計り知れないほどの貴重な経験をしてきた(例えばタフさの形成。今となっては身体的なタフさは衰えたが、精神的なタフさは増していて、今のぼくの根底である。)のですが、「好きではなかった」ということが根底にあったのです。
そのように思うことをやっているなら、周囲に迷惑をかけることもあるし、何よりも自分が狂うので、辞めるべきです。それなのにぼくは辞めなかったから、ぼくは自分で自分のことを、クソッタレでロクデナシだな、と思うのです。

以下の、作家、思想家の東浩紀さんのツイートは、今回の主題と釣り合っている部分があると思います。「嫌なら辞めろ」ということについて考える場合に、是非参考になると思ったので、引用することにしました。