メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

ぐずぐず

私小説って良いよね。
私小説のdisられようが凄いんだよね。「何が面白いのか分からない」らしいです。「エッセイや実話でも代替可能だから、小説として書くこともない」らしいです。だから何なんだよといいたくなる。
そもそも私小説そのものを批判するなど、厳しい世界だなって臆病風に吹かれたけど、良く考えたら、どうかしてるなって思った。批判家たちの視野の狭さに慄然とした。
すべての批判が、「じゃあお前もやってみろよ」で片付く話だったらいいのにな。


感性と感受性を使い分けよう。
感性なんて、「才能」っていいたくない人が勝手に持ってきた言葉だと思っている。感受性は価値観に反映される。価値観は世界を動かす。その世界で発揮しうる感性は、感受性の質による。感受性大切です。感性は二の次です。


嘘をつく時って基本真顔じゃん? でもさ、笑っている日常の中にも嘘は潜んでいるから、表情は当てにならないよね。
不幸が幸福な場合もあるから、幸福か不幸かはどうでもいいよね。


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