メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

復讐

正直者だ、空も地面も雨も泥沼も天災も強弱も4号球も。というか自然現象なのだ。5号球もきっとそうなんだろうな。スター選手を真似てもできないことがある。空はコマのように転がる。理不尽だ。厭だ。
時が流れた。5号球に何を込めようとも、なにひとつ報われなくて、虚しくなってきたから、勝手に帰った。みんな嫌いだ。いや、みんなおかしい。そのときぼくは、どうしようもないおかしさを知ったのである。
「おかしいだろ」虚しさの海から抜け出した。ぼくには、勝敗に晒されたあの4号球を追いかけるゲームが、おかしい──不条理だ──と思えてならないのだ。いや、でも悔しいときに涙を流していたのはなぜだ? それは負けたからとしかいいようがないんだけど、悔しがること自体がなんだか不条理に思う。走り負けることも吹っ飛ばされ骨折することも。そしてぼくは5号球を棄てたのである。
この正直故に理不尽、不条理な現実受け入れることにする。それはそれは不幸なことである。正しくないかもしれない。優しくないかもしれない。けれども人は不幸であれば、謙虚で居られうる。謙虚さは大切である。
4号球は理不尽、不条理を教えてくれた。謙虚でいる、これがぼくの復讐であり、死にたくならずに生き延びる方法である(処方箋でもある)。
謙虚でいるのは絶対に大切なことでしょう。不謹慎だといって自主規制はするものの、いつかは復活するっておかしいと思いませんか? 怖いと思いませんか? ぼくは最初から(ことがはじまる前から)謙虚で居たい。