反吐

遠くから近くから射殺したい

落書き

ぼくたちひとりひとり、世界の真ん中から、見えなくもやたら強度の高い鎖に繋がれているかのよう。そしてぼくたちは犬ではないから、自ら鎖を外し、鎖の届かなかった場所へいくことができる。そして、このように鎖を外すことを「自立する」ということに置き換えてみると、当然、鎖を外すことができない者もいる。そしてこのような者に対して自立した“普通”の人は、「違うやつら」とか「理解できない他者」などと呼び、切断する。それどころか、鎖の届かないことをいいことに、安全地帯から石を投げつけたりする連中もいる。
ぼくは、ここで鎖を外せない者はそのことを誇りに思ってよいのではないかと考えている。彼らは、この自立することを目標としなければいけない社会では常にピンチの状態であるから、常に葛藤している。人間はピンチであるときこそ、発言や行動に思想が垣間見える。だからこのように「理解できない他者」と自認し、誇りを持って自分をさらけだすことは、ある人にとっては生きやすいのではないかと思う。このような思考回路を持つことで究極的には、欲や煩悩を徹底的に排除しようと努めたりし得るのだが、それはそれで面白いし、よいと思っている。ともかく、無理に自立することに安住することを渇望する必要はないのである。
そして結局重要なのは、行動である。