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賢さ

「ねえ、倫久って正しいこというの上手いよね」
少し疲れた夕暮れの下校途中、ぼくはまごついた口調で倫久にそういった。
倫久は繊細な男であった。普段親しいわけではなかったが、ぼくはかれと肩を並べる度、内面からセンシティブさが湧きあがるのを感じていた。楽しくはないけれど、それ以外の日常よりは格別に楽しく感じられた。夕焼けが燃えていた。
「そっかな、もしそうだったら誇らしいことだよな。だって何が正しいかなんてわかるわけないじゃん。おれは大切なことをいっているだけなんだけどね」
「なるほどね。てかそれってプライドなの?」
「え」
「いや、プライドもクソもねえよ。少なくとも倫久には」とぼくは独り言のようにいった。
「......」
すぐと道路橋に差し掛かるところだった。ぼくは肩を落として、その感情の緩やかな反動でぐったりと顔を上げた。街灯の光さえ目が眩むほどまぶしく感じられた。すると途端に、視界の真ん中に砂埃が舞い、街灯の光を、ぼくの目をちらつかせた。ぼくは最早橋を渡る気分ではなかった。ぼくは道を逸れて、無言のままの倫久の袖を引っ張り連れていくでもなく、橋の下に広がる河川敷の土手を降りた。案の定倫久は着いてきた。重い足取りだった。
河川敷には、折りたたみ椅子に座って寛いでいる2人のおやじ以外誰も居なかった。ぼくたちは、設けてあった少年サッカー用のベンチに座った。
「なんか悪いな」とぼくは正面を向きながら倫久にいった。
思えば倫久はぼくに、みっともない姿をみせたことがなかった。ぼくには、かれが他人からマイナスに思われたくないというようなプライドを意識的に持っていて、それを軸に振る舞っているようにみえていた。けれども、ぼくはそれに違和感を感じていた。
「別にいいけどさ」
「おれはおまえにプライドがあるなんて思いたくないんだ。繊細なおまえにだ。だって正しいこというじゃん。おまえの言葉を借りれば大切なことっていうのかもしれないけど。おまえのそう考えちゃう繊細なところが無様な姿をさらさないっていう目的のためだなんて思いたくないんだ!」とぼくは釈明した。
「おれは別に繊細じゃないし、プライドなんて持ってないよ」と倫久はあっさりいった。
「おれはただ傲慢に思われるのが嫌なんだ。だから無理に賭けにでたりしない。才能もないからね」