センス

神など存在しないのだから、答えなど無い。飛天のように外界を一望し、真実を掲げ、人々の心身に宿る......そんな神が居なくとも、なんとか気を狂わせずに生きていけるだろうか......

厄介なのは人間の悪意である。ぼくは何か世界の秩序を是正したいというわけでもないし、そもそもそんなことは不可能である。しかし、ぼく自身の想像力とかセンスといったレベルで許せないことがある。
ぼくは精神疾患であるかは定かではないが、恐らくそのような性質があるのが原因で、物事を直感的にやり過ごすセンスを発揮することができなくなった。つまり、所謂普通に生きるということができなくなったのだ。そしてその帰結としてであろうが、物事を直感的にやり過ごすセンスというものに懐疑的になった。だから当然、過去を含めあらゆる物事を論理的に慎重に調べ上げようとした。そして、世界には答えが無いということを知った。そのように調べ上げていくうちに、ぼくは直感的に如何なる細やかな悪意でも感知できるようになり、それは許せないことであると確信するようになった。センスの重要性については稿を改めたいが、ぼくは悪意を許せないという想像力を持つことは人間にとって非常に重要なことであると思っている。しかしだからといって、物事を直感的にやり過ごすセンスを持つことが悪いというわけではない。ただぼくが、普通に生きるということができなくなったというプロセスを踏むこと無しにはこの重要なことに気付くことができなかったというだけであり、本当は、人々はそのようなプロセスを踏まずとも気付かなくてはならないのである。ぼくにはそれができなかったから、自戒を込めてこの成果を記す所存である。ともあれ、人々が為すべきこととして、善悪の判断という正しさの追求をすることでセンスを磨くということは非常に重要である。
と、ぼくは単なる独り言を書いたまでであるから、気にしなくてもよい。