猫相応

夏休みの比較的涼しい早朝、和室の寝室で、目覚ましの音で目覚めたとき、窓のレースのカーテンの奥でもぞもぞと動くシルエットが目に映った。飼い猫だった。飼い猫は尻尾を振り、伸びをしていた。ぼくは登校日のために起床しなければならなかったが、まだ眠かったので、俯せになって目を閉じた。しかし寝過ごすわけにもいかないので、2分ほどで起床し、1階へ降りようとした。そのとき瞬時に、違和感と同時に危機感を覚えた。猫の姿が見当たらないのだ。さっきまで窓辺にいた猫がこの部屋から消えた。すかさずレースのカーテンを開け、真下を見下ろした。そこには、ハンマーの一撃で破壊されたようにぐしゃぐしゃになった飼い猫の姿があった。ぼくは言葉も出ず、ただ真顔になりながらも、様々な種類の激しい混乱に囚われているのを感じた。昨夜は案外涼しく、冷房をかけるほどでもないと判断し、物騒だとは思いながらも、窓を開け、網戸のまま寝た。そのときに無意識にも、網戸を開けた覚えはなかった。ただ、過失の事故ではあるにせよ、ぼくの不注意であることは確かだった。
寝室をうろつきながら、昨日から父方の親戚と1泊2日の温泉旅行に行っている何も知らない両親を想った。飼い猫は、母がかねてより切望していたから、今からおよそ1年前にペットショップで買った。それからというもの、ぼくと弟と両親からなる一家で可愛がり、深い愛情を注いでいた。両親はひどく悲しむだろう。けれども、過失の事故であるということを説明すれば、ぼくを責めたりはしないだろう。ただぼくには、許されても許されなくても、そんなことはどうでもいいと思えた。飼い猫の愛くるしい表情や無邪気に寝ころぶ姿が浮かび、次第に、自分の手で殺してしまったという認識が強くなっていった。理由無く殺してしまったこの事実に、強い罪悪感を覚えた。ぼくなんて人並みに生きられない。周囲は人並みに生きてほしいと願うけれど、それはぼくにとっては、生き恥を晒すということになるのだ。同じやり方じゃ笑われる。「恥ずかしいと思わないの?」と言われる。お前ごときが、って笑われる。ぼくなんて猫を飼うに値しなかったんだ。猫を飼うなど、ぼくのような、人に合わせられない人間にできるはずが無かったのだ。だからその結果、自分が禍のもととなり、不幸を撒き散らしてしまったのだ......
ぼくは考え込んでいた。「じゃあ、猫を飼うのに相応しい人がぼくの立場に立ったら何を思うだろう」
1階へ降り、玄関を出、飼い猫の死体の元へ向かった。敷き詰められた冷たい砂利の上のそれには、まだ温もりが残っているように感じられた。ぼくは無意識のうちに携帯を取り出していた。そして、携帯のカメラで、細部まで何枚も何枚も撮影した。そしてそれに触れることはせず、温もりが冷めないようにと、傍らのごみ箱の蓋を取り外し、逆さまにして、真空パックするように丁寧に閉じ込めた。