メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

ひきこもりと音楽

ひきこもりはじめてから来月で2年になる。その間、成長した、というより、変わり果てた。誰も想像していなかった人格が形成されていったのだが、それには少なからず音楽も影響していると思う。ひきこもってから音楽は、神聖かまってちゃんBUMP OF CHICKENスピッツandymoriMr.Children、志村さんフロントマン時代のフジファブリックTHE BLUE HEARTSを中心に聴いてきた。

ぼくは、ひきこもりの中でも、脱却したいともがくが故に医療的なカウンセリングを受ける必要のある部類であるにもかかわらず、芸術的な才能など微塵もないくせに独善的価値を持って離そうとせず、それを表現しないではいられないような、心情的には中途半端なひきこもりだ。方法が健全なだけ救いではあるだろうけれども。

そんなこともあって、何かをやらなければいけない(やらないでいられない)と思い、音楽をやっていこうと思うようになった。目標は無かった。ただ、できるという根拠の無い自信はあった。前述の通り才能が無いから、音楽理論を勉強しつつ曲作りに興じた。去年の2月頃の話である。そして今現在までに作った曲はゼロである。インスト曲をYouTubeに3作あげただけである。曲作りは決して易しくないと思い知った次第である。ただ、神聖かまってちゃんandymoriを筆頭に、先に挙げたアーティストには、様々な面で多大なる影響を受けた。すべてロックバンドだが、ロックの初期衝動のようなものは中学生の頃に感じた記憶があるから、それとは異なる、ある意味形骸化された欲動、つまりロックの衝動の残り屑のようなものといわれても仕方がないようなものでありながら、より哲学的で、発展したものを感じたのだと思う。そして、独善的価値という言葉に回収されようとも死守している、それの根底にあるから、ロックンロールは心強い。

そのようにまとめることができてしまう今日では、音楽に対してフラットに関わることができている。例えば、ぼくの経験則からいえることなのだが、音楽を聴いて病気が治るわけではないけれども、音楽を聴くことで、薬でもどうにもならないような酷い不眠症でさえ治ることがあるとか。
あと、NGは多いが、暇なときにYouTubeで一通り聴くようになった。
そんななか、好みの話になってしまうが、ぼくは変ロ長調の曲が好きなのだが、その平行調ト短調も良いかもしれないと思い、ト短調の曲を探し、漁り聴いていた。ト短調の曲は、変ロ長調の壮麗さに荘厳さが華麗に打ち解けたような印象で、やはり好きだった。そのなかでとても印象的な曲があった。Juice=Juiceの『Ça va ? Ça va ?』だ。これは素晴らしい音楽作品である。なにしろ、サビのコード進行が、ぼくの好きな長調の1-6-4-5の1-6-4まで同じであるのだ。これには感慨深さを感じずにはいられなかった。こういう発見ができる余地があることは健全だと思った。

この記事は、問題や痛みを引き合いに出しながらも直接的な話題にしていないから、思考停止していると思われるかもしれない。けれども、音楽を受け取る側にとっては、音楽を通してそれらを追求することは無意味だと思う。
中途半端なひきこもりならではの記事になったのではないだろうか。