食器のフリスビー

家で怪物が暴れて、食器を投げ散らかしたりしていて危険なので、避難するために外に出たら、頭上で食器のフリスビーが行われていた。見渡す限り、無数の真っ白な食器が、無数の人々によって、二人ひと組の形でパス交換されていた。投げる側も受け取る側も楽しそうだった。しかし不思議と、声、というかあらゆる音は、一切聞こえなかった。
「なんで食器なんだ?」とぼくは疑問に思った。さっき食器を見たばかりだからだろうか? いやそれは関係無いか......
ともかくそれは、あまりにも信じ難い光景だった。少なくともぼくにとっては、食器でフリスビーをするなど至難の業だった。皆は軽々と、それも、楽しげな表情を浮かべながらこなしているのに、何故ぼくにはできないのだろう、皆はいつの間にできるようになったんだろう、という疑問が湧いてきた。そして、自分が食器のフリスビーをすることができない理由を見つけようとしたが、思い当たるものは無かった。そして、そんな理由などもともと無いのだと思った。ただ、ぼくにはそれができない。だから、ぼくはいま皆と違って、食器のフリスビーをせずにここにいるんだ。それで困ることは無いんだ。それでいいんだ。
ぼくはしばらく、庭先でそんなことを考えていた。
食器のフリスビーをしている人々の姿が見えるのは、宙に浮いているからだと思った。けれども足は、地に足がついているかのように、靴の裏はこちらの地面と平行で、皆同じ高さで立っているので、そこには透明な地面が在るようだった。
ぼくは、怪物の原因不明、理解不能な暴走が収まる見当もつかないので、家に戻ることができなかった。やり場のない苛立ちを捩じ伏せる術もなく、庭先にうずくまっていた。すると、背面である、道路の方で、「ガシャッ」と、食器の割れる音がした。驚いて振り向くと、そこには頭から血を流している男性の姿があった。彼はふらつき、道路を挟む隣の家の塀にもたれかかった。ぼくはすかさず携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。彼は命に別状は無いようで、安心した。傍らには、血のついたスパナが投げ捨てられてあった。
ぼくは確かにこのとき、食器の割れる音を聞いた。あの透明な地面は幻なのだと知ると、もし食器が落ちてくるときに落下地点にいたら、と必然的に考えてしまい、怖くなった。いまだってどこかで、食器のフリスビーのミスで、地上へと食器は落下しているのだろう。地上で生きるのは怖いな、と思った。
17時の『夕焼け小焼け』のチャイムが鳴り響き、寒くなったので、万感の思いで家に戻った。家の中はきれいに片付けられていた。母が片付けてくれたらしい。そしてふと、あの怪物は誰だったんだろう、と思った。思い出せなかった。