メルテブルク

殺傷ブルース、オーデンセの鳥

エゴイスト脱却したい

生を豊かせしめる知識はおろか、死なない程度の、生きるのに必要最低限な知識さえも身に付けるのが困難だから、このままでいたら、もう程無く、自動的に死ぬのだろう。いや、知識を身に付けるとは「知ること」だから、それはできる。しかし、それを行動することができないのだ。少し前までは、無意識に、死なない程度の行動までもできていたというのに。つまり、死なない程度の知識は、育っていくうちに無意識に、心身に刷り込まれていったのだ。ところがそれが、何かの拍子で、心身から知識ごと消えてしまった。ぼくはそれを、最近になってようやく自覚した。ぼくはまず、死なない程度の知識を「知り」、丁寧に取り戻していかなければならない。第一それができなくては、生を豊かせしめる知識など、いくら身に付けても体現することは不可能だ。それどころか、無意味な消耗として、虚しく疲れるだけだ。そして、野垂れ死ぬだけだ。
ぼくは死なない程度の、生きるのに必要最低限な知識を持ち合わせていないということを、腹の底から自覚することができた。社会から外れた人は、ならず者ではない限り、このことを自覚することができるだろう。そして少なくともぼくにとっては、これまさに「自覚すること」が、最重要案件だった。
ステータスやスペックや復讐心などといったエゴなど、もうどうでもいい。ぼくはこの経験により、何気なく日常を切り盛りしていくことの困難さを知った。それさえできればもう望むことは何も無いのではないか、とも思える――って思えるようになれたら、エゴイスト脱却成功だ。