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強迫行為

2010年1月、小学校も卒業する頃、サッカーから帰ってきて風呂に入って飯を食っているときだったっけか、「なんとなく」以上も以下も無いといった感じの空虚な動機で点けられていたなんかのバラエティー番組で、悪魔に憑りつかれたアメリカ人の少女が苦しんで死ぬ、みたいなのをやっていて、物的証拠が、事実たらしめせんとする、といわんばかりにきちっと紹介され、そのリアリティー故に、現実に起こり得るのだっていう観念が沸き起こって、みるみるうちに恐怖心になって、虚構だと確信したい本心を洗脳するように制して、挙句、もしかしてぼくの心身にも悪魔が憑りつくんじゃねえの、って本気で心配するようになった。「なんとなく」が原因の悲劇のはじまりである。
4月、中学に入学するのだが、その頃にはその心配はさらにカオスになってゆき、脳の一部に溶けてしまい、忘れようと努めることの不毛なこと。それとて日常生活に支障を来たすほどのものになっていて、あの少女の例が虚構であると納得するために、夜、ベッドでこれこれどいういう理由で嘘だ、なんてひとつひとつ点検してゆくのだが、その作業のしんどさといったらなかった。そして症状はそれだけにおさまらず、廊下や部屋のあらゆるところの、ある決まった部分(おもに隅っこ)を指先で触っては息を吹きかける、という、チック病さながらの、傍から見れば奇妙極まりない“作業”が欠かせなくなっていた。自然と工程はつくられ、記憶していった。失敗は許されなかった。これらの点検作業(行為)は徒労であるとわかっていながらも、やるのを辞めたらぼくは悪魔に憑りつかれる、という確固たる恐怖心には抗えなかった。人生が早くも腐りかけているのを感じた。
それはその年の夏休みの終わり頃まで続いた。いまとなっては恐怖心の欠片も消えたが、恐らくあの日から3年間は、克服できていなかったように思う。というのも、あの日から3年間のうちにその記憶は薄れていったのだが、度々思い出すことはあって、そういうときにはやはり恐怖心が甦っていたのである。そして3年の歳月が過ぎた頃には、虚構だと確信することができ、よって恐怖を感じる理由も無くなった。そういえば当時、友達(当時の)もあの番組を見ていたといっていたので、そのときにぼくがあれは嘘か本当か、なんて議論を持ちかけたが、足蹴にされた。それでもってなんでぼくだけがこんなに怖がっているのだろう、と大損害を受けた気分になり劣等感を感じていたが、いまになって思う、あれは病気だったのだろうと。神経症、強迫性障害、チック症...... 病名はわからないが。
さて、そうならないようにするためにもなにかできることは無かったのか、を考えてみよう。幼い子供がトラウマになって恐怖心を拭えなくなるのは肯けるが、中学生にもなって毎日毎日恐怖感に苛まれていて、強迫行為を辞められないなんて話を聞いたら、子供染みているな、などと思われるかもしれない。けれども、では、中学入学時点の子供の誰もが恐怖を感じない方法を体得しているかといったら、そうではない。条件は同じであった。無論、ぼくにはそのような方法を体得する動機すらなかった。だから、病気であったとしかいいようがないのである。そしてその原因を辿れば、袋小路に迷い込むのが定例で、様々な酷な要因が積もり積もってこうなった、ということにしている。誰も責めることはできない、責めてはいけない。